■1/29(tue)■


光ちゃんという人は、仕事に対してとても真摯な人だと思います。
なんかもう、はたで見ていて「何もそこまでストイックにならずとも」と思ってしまうことも時々、ある。
そういう人だからこそ、先日、残念なことに公演中止というトラブルに至ったことを人一倍悔やんでいるんだろうな、と。まあ、これはファンなら誰もが思っていることではないかと思います。もちろん、これは想像。でも、多分外していない。
機械トラブルなんて、座長には万分の一程の責任もありはしません。システムはどんなメンテをしていても止まるときは止まります。問題は何かあった時、リカバリするまでの時間をいかに短くできるか、そのためのバックアップ体制を整えておくことが肝心なんですが、これだって万全を期していたとしても絶対じゃない。
そんなわけですから、少なくともあの日のお客さんの中に「座長が悪い」なんてことを思っていた人は多分いない。ましてや、当事者ではない他の人に至っては「気の毒だなあ」と思いこそすれ座長をどうこう、と思う人はいないと思います。
それでもあれは、座長の中ではずっと折り合いのつかないこととして残ってるんだろうな。残ったんだろうな、とあれから一週間が経った今日のカーテンコールのご挨拶でも23日昼公演の中止について語る姿を見ていて思いました。
誰が悪いとかって、そんなことは思ってないだろうし、スタッフが懸命にやってくれていたことは座長本人の筆で伝えなくてはならないこととして語られていることです。
饒舌なタイプではないですし、カーテンコールでいつも同じ言葉を口にするのはなんともこの人らしい気がして好感が持てるわけですが、まだ折り合いがついていないのだろうこのことを語る時はなんだか上手く言葉が見つからないみたいで、何度か言葉につまり考えて考えて語っているように思えます。
もう、言わなくてもいいのにな。と正直なところ思ったりするのですが、こうやって言葉にすることで次に進む折り合いをつけているのなら、いいかな、と。そんな風に思ったりもしました。
こっちは、大丈夫なのよ。あとは光ちゃんの中で折り合いを付けてください。

さて本日。
全体的になんかすごくいい感じがしました。
出来がいい日、というのはなんかもうただただ「よかったなー」と思うばかりで具体的なあれやこれやという点が上手く浮かんでこなかったりするのです。
自分の中にいっぱいあった言葉とか、感情がまとまりきれずにまだいるというか。
今日はそんな日。

とりあえず、本日のアドリブから。
本日も2幕・コウイチ復活シーンの新技開発は続いてました。人間プロペラ。いつまで続く人間プロペラ。しかも今日は、いつもの向かって右回転だけでなく左回転も試してみていた。もちろん、失敗していた。RiRiKAさんが新しい地平に旅立たないことだけを祈ります。
それから、オオクラ。
ぐるぐるは相変わらずできず、相変わらず悩ましい悲鳴をあげてました。これはヨネハナが大得意らしくていっつもコウイチに一番最初にお褒めの言葉をもらっている。それを聞いてがぜん張り切るのはもちろんマチダ。
ものっすごいぐるぐるして「マチダ、いいぞ!」とコウイチに褒められれば「もっと褒めて!」とがんばってぐるぐるしだす。
マチダさんが愛される理由。
このシンクロぶり。褒められたら嬉しすぎてエンジンから火を噴くまで頑張っちゃうところ。
マチダさん、素敵です。
輝いてます。
さて、REUNIONの後でステッキをコウイチがオオクラに投げます。
割とここでよく落とすオオクラさん。何かスイッチが入っていたらしいコウイチは横回転をつけて投げる。なんかすごい悲鳴と共にステッキから逃げるオオクラ。
「横回転は止めてよ!」
うん。そこの人、すっごいオニになるの私知ってる。知ってるよ。
さらにコウイチは「マチダなら何がなんでも取るよな?」とマチダに振る。もちろん「何がなんでも取る!」と言いますよ。だってマチダさんだから。
横回転にぐるぐる回るステッキが投げられます。なぜだ、そこでなぜ回転をつける。と、マチダさんは自分が持っていたステッキを投げ捨てて身体でキャッチ。
さすがです。
見事にコウイチと客席の期待にパーフェクトに応えます、マチダさん。
さらに「ヨネハナも取るよな?」と言えばこちらも「何がなんでも取る!」と応えます。あうんの呼吸です。ツーカーです。
やっぱりぐるぐる回るひどい回転のステッキを、自分の投げ捨てて身体で取りに行くヨネハナさん。素晴らしい。
そしてこの場合のオオクラに期待されること、それは……横回転のひどい投げ方をしたステッキを避けます。これです。正しい。
なんかもーすっかりいじられキャラ。ぞんざいな扱い。だけど誰の目にも必死に頑張ってるというのがわかる。それが愛される理由。

今回台詞が追加になったところで、コウイチのカンパニーが新聞に激賞されてオンの大劇場に行きあの悲劇が起こるまでの時間経過をたった一言で表すようになっております。

「あれから、半年」

この台詞の言い回しは割と毎回違っていて、そのタメの長さとか結構楽しみなところではあります。と、同時に。
ヤラの心はあの新聞評をきっかけに徐々にコウイチとは違う方向を向き始めて、鬱屈した何かがたまっていったんだろうなあとこの後の展開を知っているが故に思うようになりました。たった一言追加されただけの言葉がやけに重い。
この半年の間に、いったいどんなことがあって、それが重なって、ヤラの中に澱のように積もって幕間のいさかいにつながったのかなあ、とか。
WORLD ADVENTURE IIが始まった時、ヤラの中にはどれくらいのどす黒い感情が渦巻いていたのかな?とか。そんなことを考えるようになりました。今まではあの楽屋でのいさかいが何よりも大きな鍵だったのが、いやいや、この半年の間に積もりにつもったものがあれで暴走しちゃっただけなんだって思うようになったのです。
おかげであのJapanesqueの殺陣が今まで以上にすごく悲しくてたまらない。
Janapesqueの殺陣は全員が同じ方向を向いてやらなくちゃ、一体となった舞踊のような美しさはないはずなのに、あの中でただ一人だけ違うことを考えてる人がいるんだなあという思いが強烈にあるのです。
今までだと、あの刀がすり替わっていた場面になるまでそんなことを考えたことはなかったんですけどね。今回はものすごくそんなことを思ってしまう。
最後の最後になってコウイチを夢中で刺してしまって、目の前で血飛沫が上がり階段を転がり落ちていくコウイチを見た、手の中に幼馴染でもあるコウイチを刺した感触が残る感じというのを思うとね、なんかたまらない。
今ならまだ。今ならまだ間に合うのに。と思ってしまう。
二幕で血を吐くようにヤラが言っている通り、それをすることがどんな結果につながるかなんてヤラは考えてなかったんだと思うのですよ。半年分の不満とかそれにブースターをつけちゃった楽屋裏のことはあったけど、まさかコウイチが寝たきりの大けがを負うだとかましてや死ぬだなんてこと、考えてはいなかったはずで。
たかが、一言。
されど、一言。
ただ一言の台詞はかくも重いのだなあ、と思うのでした。

 

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